顕微新書 

書きたいことなんてないけど習慣だから毎日書いてます

男が男にときめくとき

ときめきを大事に。


 行きつけのカフェでの話。レジカウンターに立っていた男性は見ない顔で、恐らく新人だ。見た目は二十代前半。茶髪が印象的な青年。

 

 レジカウンターでコーヒーを注文した僕に対して、彼はものすごく気持ちのいい笑顔を向けてくれた。その笑顔は、どこか無邪気であり、でも初々しさは感じられなかったけれど、だからといって仕事慣れしている感じではなかった。まるで揺さぶりをかけてくるように不思議なオーラをまとった青年の笑顔に、僕はときめいたのだ。

 

 どういうことなのだろう、とレジカウンターでのワンシーンを反芻してみた。・・・そうだ、彼は「堂々としていた」のだ。その堂々さに、僕は「ときめき」を感じたのだ。彼がいわゆるイケメンだったことも影響するかもしれない。でも、それにしたって堂々とした笑顔だったのだ。たぶん、その笑顔に意表をつかれた。ドキッ、としてしまった。僕は日々、男性ばかりの職場で仕事をしているのだ。しかし、こんな体験は今までなかった。

 

 ときめき、といっても、恋愛感情ではない。なぜなら、一般的な男女の恋愛関係を、僕と彼に置きかえて想像したとき、そこに恋愛という類のときめきは存在しないからだ。同性恋愛を否定しているわけではない。「ときめき」にも種類がある、ということだ。

 

 人間は、種の違う生物にときめきを感じることができる。犬や猫にときめくのは普通だ。ときには、物にときめきを感じることさえある。

 

 ときめきというのは、人間にとってわかりやすい身体の反応である。良い歳をした僕が言うのも気持ち悪いが、「キュン」とするのである。その「キュン」こそが、偽りのない「僕」なのだ。「ときめき」とは、不意に真実を突きつけられるようなものだ。だからこそ、大事にするべきなのだ。