顕微新書 

書きたいことなんてないけど習慣だから毎日書いてます

方針変更

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書きたいときだけ書くことにしました。

 久しぶりに文章を書く。いままでサボっていたのは、やはり文章を書くのがめんどうくさかったからだ。

 

 否、サボりではない。「毎日文章を書きます!」と宣言していた僕だが、「やっぱり書きたいときだけ書きます」と方針を変更しただけだ。「ものは言いよう」に聞こえるかもしれないが、それは違う。

 

 まず「文章を毎日書くのはめんどうくさい」という感情が前提にあって、「じゃあ文章を毎日書かなければいけない理由って?」と考えたとき、納得のいく答えが浮かばない。

 

 僕が「毎日書きます!」と宣言したのは、「何事も長続きしない自分を変えたい」「自分の考えをなるべく多くの人に共有したい」「自分の考えを整理したい」という思いからだ。しかし、書きたいことなんて毎日は思い浮かばない、書きたいこともないのに無理にネタをひねりだして駄文を載せても意味がない、楽しくない、何者でもない僕の考えを参考にするほど変わり者な(もしくは暇な)人間は合理性が求められる時世には存在しないだろう、と考えたら、毎日書くなんてすごく無駄な努力に思えた。だったら、自分が楽しいと思えることに努力を注いだほうがよろしい。よって、サボりではなく方針変更なのだ。

 

 小説作家・森博嗣の著書「なにごとにもこだわらない」には、こだわりを持たないことの効能について記してある。こだわる、ということは、柔軟性に欠け、選択肢を捨てる行為に他ならない。こだわりを捨てれば、生きているその時々、目の前にある可能性や最適解を、適宜見つけることができる。成功者も、一つのことに対してひたむきな努力をしているように見えて、その時々で考えて、「続けるのが最適解だ」と適宜判断をしているのではなかろうか。

 

 

 

追記

 最近、ブログの更新をしていなかったのに読者が増えていた。なんか申し訳ない。ブログはちゃんと続けます。

本音で生きる

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本音で生きた結果、このブログの更新が止まる可能性はある。

 以前、「正直」と「素直」の違いについて書いたことがあった。正直とは、より多くのことを自分の本音の通りに行動すること。素直とは、自分の本音を認めつつ、本音とは違った行動をとることが出来るという態度のこと。つまり、前者が本能で、後者が理性。これは定義ではない。僕の勝手な解釈だ。しかし、そんなイメージを持たずにはいられないほど、この二つの言葉は似て非なるものだと感じる。

 

 さて、この僕の勝手な解釈の上で、僕は正直者なのかそれとも素直な人間なのかを振り返った時、その答えは「どちらかといえば正直」だった。僕は中途半端な人間だ。陰ではこそこそと正直者だし(たとえばこのブログでは本音を吐露することが多い)、陽の当たるところではしっかり役を演じている。少なくとも素直ではない。

 

 中途半端なのは僕だけじゃないはずだ。多くの人が、空気を読んだり忖度したりしながら、正直さや素直さ、つまり本音を失くしていく。本音とは酸素のようなものだ。日本は息苦しい。うまく息を吸えないから、みんなが酸素欠乏状態ならぬ本音欠乏状態に陥る。そんな世の中で、人生の先輩方は「正直に生きろ」「素直が一番」と、けっこう難しい要求をしてくる。そんな要求をするのもけっこうだが、その割には、お得意の「風通しのいい職場作り」は疎かになりがだったりする。充分な換気をして、酸素をしっかりと流し込んで欲しいものである。

 

 と、長々と愚痴をこぼしたが、他人というのは簡単には変えられない。だったら、自分が変わるしかない。そろそろ本気で、正直と素直のどちらかを選ばなければ、本音を失くしたまま生きることになる。まずは、「やりたいこと」と「やりたくないこと」を思い出すことから始めるとしよう。

「好き」を続けられる人が最強

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文章を書くのが好きだったら、こんなつまらない文章にはならない。

 好きなことを続けられる人、好きなことを仕事にできる人というのは本当にすごい。書店で、なんとなく目についた雑誌「アニメスタイル インタビューズ」を読みながらそう感じた。

 

 本誌では、名探偵コナンの原作者、青山剛昌氏のインタビューが載っている。まず印象に残るのは、本当に仕事が好きなのだな、ということ。好きだから楽しそうだし、好きだから企む。楽みながら企むから名探偵コナンはここまでおもしろいコンテンツに育ったのだな、と感じる。

 

 普通に考えて、好きでもないことを続けられる人というのはあまりいない。仕事でもない限り(つまり給料がもらえるというメリットが無い限り)やりたくないことはあっさり辞めてしまうのが普通だろう。だから、漫画家やアニメーターに限らず、「好き」を仕事にするということは、人間にとってごく自然な流れのはずだ。しかし、日本の現状は、やりたくもない仕事を、仕方なくやっている人のほうが圧倒的に多いのではないだろうか。そう思うだけで、すごく歪な世の中なのだな、という実感が湧く。

 

 「バクマン」という漫画がある。「バク」は博打(ばくち)、「マン」は漫画を意味する。つまり、漫画家を目指し、漫画家になるというのは、博打を打つようなものだ、ということだ。しかし、それはもはや漫画家に限った話ではない。自分の「好き」を追求して、それを本業にするということは、叶わないかもしれない夢を追いかけ、それ以外の可能性を捨てることに他ならないからだ。夢が叶わなかったら――その努力の過程を無視して結果だけ見るとするならば――ギャンブルで大負けしたことに等しい。ただ、博打とも思わず、「好き」を疑わず一心不乱に何かを続けられる人もいる。そういう人を「天才」と呼ぶのかもしれない。

アレが切れてる卵焼き

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駄洒落です。写真は一切関係なし。

 今年初めのこと。仕事が終わった夕方、僕は某コンビニへ入り、そこで夕食を調達した。

 

 家へ帰り、袋からひとつずつ惣菜を出してはテーブルの上に置く。ふとなにげなく、購入した「切れてる卵焼き」(厚焼き玉子があらかじめ四等分されているもの)のパッケージの裏を見たら、なんと賞味期限が七日間も過ぎていた。七日間って、どれだけずぼらな店なのだろうか。

 

 ふと、昔の経験を思い出した。日付が変わったばかりの深夜のローソンで、僕はエッグマフィンをレジに持っていった。店員がバーコードを通した後で「賞味期限が切れていたので売ることはできない」と言われたのだ。なんでも、賞味期限切れの商品はバーコードで識別されており、販売できないような仕組みになっているとのこと(元ローソン店員の嫁談)。某コンビニはそういった仕組みが無いのか? 賞味期限内と賞味期限切れの商品の区別の仕組みは? ちなみに調べる気はない。

 

 話はズレるが、たった一日、賞味期限が切れた程度の商品なら「消費者がこれを飲食して体調を崩したとしても店側は一切の責任を負わない」という消費者の同意のもと、商品の値段を割引いて販売してしまえばいいのではなかろうか。倫理的な問題を棚に上げれば、店は儲かるし、貧乏人は助かるし、食品ロスも減らせる。いい案だと思う。

 

 さて、切れてる卵焼きの話には続きがある。商品を返品しようと購入店舗へ再び入場。店員に事情を説明すると、ほどなくして女性店長が現れた。すると彼女は、店中に響きわたる大きな声で「大っっっ変申し訳ございませんっ!」と叫びだしたのである。僕はビックリし、店内にいた客も、平謝りする店長と僕を見ながら「ヤバいクレーマーが来た」といった目で眺めるのである。皆さん、賞味期限の切れてる卵焼きにはご用心を。

安全に絶対はない

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加害者が不在だから被害者を攻撃する。誰かを責めずにはいられない。

 絶対なる安全などない。僕たちが今を生きている中で、自身にいきなり死が訪れるのは当たり前なことだ。というか、「自分が急に死ぬことは絶対にない」と思っている人は、ちょっと楽観的すぎるのでは。いまこの瞬間も、住んでいる家で火事が起ったり、家から出れば通り魔に刺されたり、といったことが絶対に起こらないとは言い切れない。不慮の事故・事件に巻き込まれた人は、当たり前だが、その事故・事件を事前に察知できないから巻き込まれる。不安全な事象というのは、思いがけず自分の身に降りかかるものである。

 

 大津市で起きた、例の交通事故。保育園側の会見での、記者たちの質疑が物議を醸している(というか、この手の筋違いで本質からズレた質疑というのがいつになっても消えないのが日本ですよね)。ネットでは散々「この会見は必要だったのか?」と疑問が挙がっているが、同意である。何のための会見だったのか。言ってみれば、普通の(と言ったらイメージが悪いが)交通事故なのである。日本では、交通事故が起こるたびに会見をひらくのだろうか。むろん、幼稚園側に非がないということは、火を見るよりも明らか。たとえ、先生より道路側に園児が立っていたとしても、歩道の道路側に近い場所に立っていたとしても、そしてその状況で園児が轢かれたとしても、事故を起こした運転者側に非があるはず。にもかかわらず、幼稚園側を責めるような質問を平気でするのはおかしな話だ。

 

 このような質問は、記者側が「安全神話」を信じてしまっているから発生するのかもしれない。ただ、ひとつ断言できることは、会見は必要なかった、ということ。あの会見の場での質問なんて、ほぼ無いはずだ。無い質問を無理に出そうとするから、馬鹿な質問が出てくるのである。

怒られなくなったら見捨てられたと思え?

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嫌な奴には盛大に怒鳴ってから別れたい。

 少し昔の、否、今でも存在する上司の種類で、部下を叱る際に「怒られるだけありがたいと思え、怒られなくなったら、見捨てられたと思え」と、口にする人がいる。僕は、それは逆なのではないかと思っている。他人に対して本気で怒りをぶつける時というのは、その人と関わりたくないと思った時だ。怒るという行為が「君とはもう関わりたくない」という態度を示している。捨て台詞と言われても仕方がないが、怒って別れたほうがスッキリしないだろうか。だってもう関わらないのだから。もし、今後も仲良くやっていきたい相手であれば、そういった争いは避けるべきだ。

 

 例えば、前者のような「叱る=構ってやっている」タイプの上司がいて、部下に対して、繰り返し指示やアドバイスをしたとする。その部下が上司の指示やアドバイスに応じなかったとしたら、それはもう怒鳴ってもいい。ただ、怒鳴って言うことを聞かせたところで、大抵の場合、部下は「怒られたから従っているだけ」だということを忘れてはならない。部下は、目的を履き違えたまま仕事をする。例えば、怒鳴る上司が異動になって、叱られることがなくなってしまえば、また同じことを繰り返すだろう。そんなことは容易に想像がつく。であれば、たとえ上司が叱らずに繰り返し指示・アドバイスをしたにも関らず、それに対して何らかの形で応じなかったり、無視するのであれば、怒ってもいいし怒らなくてもいいが、どっちにしたって組織に必要ない。異動させればいい。

 

 仮に異動させないまま、自分(上司)の下にその部下を置いて、部下を怒らず無視したままにしたとする。実質、上司を失くした部下は仕事が進められないわけだから、存在するだけで損害である。そんな判断は、小学生の喧嘩レベルに頭が悪い。でも、そんな上司は存在するのである。

仕事始め

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思い出の写真、というわけではない。

 今日は、十連休が終わり、令和始まって以来初の出勤だった。まさかこれほどまでに、朝がしんどいとは思っていなかった。連休は、本当に夢のように過ぎていくのだな、と結構真剣に受け止めるしかなかった。

 

 会社では、GWは何してただのどこ行っていただのと、あまり興味のない他人の思い出話に付き合わされるのだろうな、と思いきや、意外にもみんな、連休前の仕事を思い出すのに必死でGWなんて話題にも挙がらなかった。ただ黙々と、リハビリのように仕事に取りかかるのである。僕なんかとは違って、連休が終わる前に頭の中は仕事モードに切り替わっていたのかもしれない。僕は、どうすればこの十連休を十一連休にできるかと割と真剣に悩んでいたほうだった。ちなみに、僕はお土産を買うのが大好きで、旅行に行く度に必ずお土産をかっていくのだけれど、僕以外の誰もお土産を買ってきていなかった。みんな、いい意味でドライなのだな、とちょっと感心したと同時に、なんだか「僕だけ連休気分を引きずった奴」みたいに思えて、お土産を渡すのが少し恥ずかしかった(どうせみんな、ネズミミ付けながら夢の国ではしゃいでいたに違いない)。

 

 ところで、連休明け初日にして、やはり令和の実感はない。前日書いた通り、令和だからといって馴染みの深い行事があるわけでもなく(そもそも元号改正が馴染みが無いので)、例年通りのGW明けに他ならない雰囲気であった。GW同様、元号改正に関しても、業務上の話すら挙がらない。みんなあれだけ、四月一日元号改正の時は仕事すらほっぽいてにテレビに釘付けだったのに・・・。大量消費は「もの」に限らない、つまり「話題」や「情報」も、まるでわんこそばを食うように消費されるのだな、と改めて実感した次第。

令和を感じない

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そもそも、「令和を感じる」って何?

 『この「令和どら焼き」を食べながら、令和を感じて頂きたいですね』

 

 テレビの取材に対してこう答えたのは、とある和菓子屋の店主だった。お店のどら焼きに「令和」型の焼き印を押して売り出す。いわゆる「令和商戦」だ。

 

 高速道路でドライブをしていても、大きめのPA・SAには、必ず「令和グッズ」が置かれていた。確かに、ここまでされれば令和を感じずにはいられない。しかし裏を返せば、国民は「そうでもされないと令和を感じられない」のである。なぜなら、元号改正は「国民の文化」ではないから。

 

 例えば、令和グッズや、令和に関するニュースを目にするたびに、「そうだった、今は令和だった」「平成は終わったのだった」と思い出す。どれだけ「令和だ令和だ」と騒いでいても、結局はすぐに忘れる。「令和」の中で生活をしている、という実感がまったく湧かない。

 

 「令和、あけましておめでとうございます」という言葉を見かける。確かに、平成から令和へ移る深夜の時間帯の、渋谷スクランブル交差点、大阪道頓堀、他各地の騒ぎようは、まさに年始年始ムードのそれだった。その瞬間だけは、年末年始と同じ空気が流れていた。ただし、本当にその瞬間だけだった。

 

 元号改正には、形のしっかりした「ムード」がない。なぜなら、年越しそばやおせち、お年玉や初詣といった、行事に寄り沿ったシンボリックな「文化」が存在しないからだ。僕が「そうでもしないと令和を感じられない」と感じるのは、そのためだ。「剣璽等承継の儀」等の儀式も、国民にとってポピュラとは言い難いし、元号の改正自体がそう頻繁にあるものでもない。元号改正は、どうしたって「国民の文化」にはなり得ないのである。

悲観と楽観

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ジェットコースターのような心は、耐えられないな、きっと。

 本屋が好きた。でも、少し疲れる。本屋は僕にとって、悲観と楽観をいっぺんに感じさせる場所だからだ。そのギャップに、少し疲れを感じる。

 

 ジュンク堂の新刊コーナーが好きだ。新刊が一堂に並んでいる。そこから、感じの良いエッセイや新書を探して、目次やプロローグ、おもしろそうな項を読んでみる。内容はもちろん、語感・語彙・文章のリズムを感じながら、「僕もこんな文章を書いてみたい」と憧れを抱くのである。そんな楽観をする。

 

 そうして、僕は今こうして文章を書いているのだが、そうそう良い文章など書けない。もちろん、良い文章を決めるのは他人なのだけれど、数か月前の僕の文章を、主観の薄れた今の僕が読んでみても、お世辞にも良い文章とは言えない。そうして楽観から悲観へと落ちる。そういう経験をしていくたびに、ジュンク堂の新刊コーナーで、エッセイや新書を眺めている時点で、ぼくは既に悲観を始めているのだ。

 

 この「僕もいい文章を書きたい(きっと書ける)」という楽観と、「やっぱ簡単じゃないな」という悲観の、この繰り返しが疲れる。とは言っても、人生とは大体こんなものである。大小はあれど、サインカーブのように上がっては下がっての心情の運動と、それに伴って生じる重力・位置エネルギーに付き合わされる嵌めになっている。人生とは大抵、そう決まっている。

 

 
だったら、悲観したまま直線を描くよう努めた方が良いのかと言えば、もちろんそうではない。「憧れ」という楽観があるからこそ、人は前に進もうとする。ただ、あまりに楽観して高いところに上りすぎると、その分の位置エネルギーが大きくなり、心の負担も増えてしまう。「悲観:楽観」の割合は「8:2」で丁度いい気がしている。

夢の吊り橋

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吊り橋の写真はない。

 「夢の吊り橋」とは、静岡県の山奥「寸又峡(すまたきょう)」にある観光スポットである。この連休中、その吊り橋にいってきた。

 

 静岡駅前に宿をとり、そこから車で約二時間、曲がりくねった道がくねくねくねくねと、くどいくらい続く峠の奥。そこに、秘境「寸又峡」は存在する。

 

 有料駐車場に車をとめ、お食事処や懐かしみのあるお土産屋さん、それとは対照的でお洒落な足湯カフェなどが連なる道を超えると、夢の吊り橋へ繋がるハイキングコースの入り口がある。そこから緩いアップダウンやトンネルを歩き、トンネルを抜けてすぐ、右手奥下方に夢の吊り橋が見えてくる。

 

 もう少し進むと、左に平坦、右に下りの分岐にあたる。をの右側を進んだところに、夢の吊り橋の入り口がある。山に沿った道を降りると、そこには既に、これから橋を渡ろうかという人々が列をなしていた。

 

 目の前にもう吊り橋は見えている。長さ九十メートル、高さ八メートル。橋を渡る人々は、吊り橋のワイヤーロープを両手に掴みながら、恐る恐る、ゆっくりと足を進めていく。小さな子供が無邪気に、吊り橋の上でジャンプして橋を揺らしては、橋の上の人たちから小さな悲鳴が聞こえる。絶対に落ちることはない、と解っていても、揺れるとやはり怖いのだろう。

 

 列に並んでから三十分、ようやく僕たちの番がやってきた。ワイヤーロープを掴みながら、一歩目を踏み出す。下に見える大井川が大きく広がっているせいか、それほどの高さや恐怖は感じない。前へ進むにつれて感じる、不思議な浮遊感を抱きながらの九十メートルという道のりは、まさに夢のようにあっけなかった。