顕微新書 

書きたいことなんてないけど習慣だから毎日書いてます

「怒り」について

 

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仲良く、じゃなくて、まったりやろうや。

 「怒っている人」というのは、けっこう見かける。人によっては、毎日見かけているだろう。旦那が、嫁が、親が、なぜだか毎日怒っている。一人暮らしの人だって、会社に行けば上司が週五で怒っている。ネット上でもみんなが怒っている。ツイッターでたくさんの「いいね」を集めている呟きも、怒っている内容のものが多い。たくさんの人が、日々怒っていることがわかる。

 

 それだけじゃない。そんな怒れる社会を鏡で映したかのように、本屋には「怒らない」ためのハウツー本が平積みされている。本に頼らなければいけないほどに、「怒り」という感情は制御が難しい。そして、その制御できない「怒り」の支配下から、なんとか逃れたいと思っている人が、たくさんいる。

 

 なぜ、人は怒ってしまうのか。

 

 とある本に、「怒ることはお酒を飲んで酔っ払うことと同じ」と書かれている。つまりこれは「怒ること=気持ちいい」ということである。

 

 僕の友人Aは、彼が勤める会社の先輩にしょっちゅう怒鳴られているという。その彼が「なんか先輩、怒ってる最中、すごい気持ちよさそうなんだよね」と言っていた。その先輩は、ストレスの捌け口に、後輩(友人A)を利用していただけなのかもしれない。

 

 だとすれば、「怒られる人」は「怒る人」にとっての「酒」なのだろうか。確かに、ストレスを抱え込まないために人は怒るし、酒を飲む。手段の違いでしかない。

 

 怒られた人もまた、ストレスを抱えて誰かに怒りをぶつけることがある。だったら、日本中に溢れる、無駄な「怒り」の連鎖を断つことができれば、日本は平和になるだろう。「怒らない」ハウツー本が売れなくなる、平和な世界が。